MACHI SOUND

還暦おやじが感性のままにお邪魔する、私小説か失笑節か、徒然ままにそのままに...

番目の来訪者です。

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下村明彦履歴書改許版

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下村明彦の履歴書

1953年5月23日 神戸は灘で誕生。

1955年 ワクチンが行き渡る前にポリオを発症。以来入退院を繰り返し、
     ベットの上にて勉強もせずにギターに打ち込む。

1965年 港の霧笛が子守歌、六甲下ろしにさらされて、少年はアーティストを夢見ます。
     ぼろカスに言われながらも、音楽コンテストに応募しまくり。

1971年 「ある晴れた日曜日に」で恐れ多くもビクターレコードよりアイドルのような
     デビューしたはよいけれど、そんなの売れるわけもなく、すぐに見切られる。

1974年 しぶとくポリドールレコードより、アルバム「少しでも」を発売。
     吉田拓郎・泉谷しげる・海援隊等の前座として全国ライブツアーに参加。
     せっかくのチャンスをモノに出来ず、またしても埋没。

1977年  一念発起、楽曲「自由になりたいために」でヤマハ第8回世界歌謡祭に出場。
     時代が来たかと思いきや、眼前に世良広則とツイストが立ちはだかる。

1979年 渾身の思いを込めてキングレコードよりアルバム「サウンド・エッセイ」を発売。
     思いとは裏腹に、決定力不足の空回り、残念ながら当然の如くまたまた埋没。

1985年 嫁と子どもを養うために会社を起業。真面目にやりましょうと頑張りました。     
     珍しく順調かと思いきや、程なくバブルがはじけ飛ぶ。

1995年 なんとかやり繰りしてバブルを乗り越えた矢先に、今度は阪神淡路大震災が直撃。
     家も会社も大崩壊。命からがら見上げた空に、無情の雪が舞っていた。

2004年 捨てる神あれば拾う神あり、音楽仲間が30年前のライブ音源を発見。
     音は悪いがトランジスターレコードよりアルバム「うたのある風景」として発売。

2007年 子どもの手が離れたをよいことに、またぞろ音楽にのめりこむ。おやじの悲哀を    
     歌にして、トランジスターレコードよりNEWアルバム「DANKAI」を発売。

2011年 零細企業とアーティスト、二足の草鞋でバタバタと、気が付きゃデビューして
     40年が過ぎていた。長いだけが取り柄でもあるまいに...。

2012年 インディーズだからってなんなのよ、ここまで来たらライフワーク。
     調子をこくのもたいがいにワガママ放題のミニアルバム「Selection 1.」を発売。
     調子をこくから天罰覿面、、晩秋の枯れ葉の如く心臓発作で意識不明。
     あの世とやらにお邪魔して、ついた病名「完全房室ブロック」。
     有無も言わさずペースメーカー装着。

2013年 バッテリーを入れたらこっちのもの、よくぞここまで生き延びた。    
     ついに還暦へ突入し、またぞろ調子をこいて、神戸は三宮「クラブ月世界」にて
     還暦ライブを敢行。まったくもって懲りないおやじである。
     ペースメーカーシンガーソングライターは何処へ行く。

ほんまほんま。
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